武田義信の死3

 新田次郎氏の作、小説 『武田信玄』。 武田義信は最期の時を迎えます。


 義信は自ら、「長禅寺の福恵翁和尚を呼んでくれ」―、と山県昌景に頼みました。

 義信からの依頼があったことを信玄は昌景より報告を受け、「いよいよ義信も最期が来たのか」―、とつぶき、求めに応じ、東光寺に和尚を向かわせました。

 義信と福恵翁和尚との関係は十数年前のことであった。
 京都から招いた公家達を交えての詩会の席で、福恵和尚が作った詩の中にある諦という字の意義を質問した。

 福恵翁和尚は、

 「諦とは悟ること、すなわち菩提の境地に達することである

 と答えます。 その返答に対して義信が食ってかかると福恵翁はにこにこ笑いながら、

 「人の命というものは定めがあるようで、ないものです。もし人がその命の定めのぎりぎりに来たときには諦というものがなんであるかはっきりとわかるものです

 と答えました。

 その事を思い出した信玄は
画像


 「義信は福恵翁のその言葉を覚えていたに違いない。義信は死に際して、心の救いを求めているのに違いない



 信玄は涙を拭った。


 物凄い場面ですね。 自身も涙を拭いました。 これは原作だけの場面です。 大河ドラマではこの場面はありません。 
 この章を読む時には、ショパンの「別れの曲」を聞きながらがお薦めですね。 なんとも言えない気分になります。 自身の感受性の高さにもビックリですが、感動できる心を持てたことに、自分で自分のことが好きになれます。 涙もろいとも言えますが、それは心が澄んでいるからかな?

 新田氏はこの場面をどの様な気持ちで創作したのでしょうか? 一応、福恵翁和尚について調べてみましたが、詳しくは分かりませんでした。 『甲陽軍鑑』では信玄・義信父子の中を取り持つために、高僧たちが説得を試みた場面が記されています。 その辺りを参考として新田氏はこの場面を描いたのでしょうか?

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック